三男日記

愛知県蒲郡市出身、今東京におります三男です。日常や社会について思ったことを書いていこうと思います。基本、空論・評論です。自分の勉強も兼ねてやってます。

不倫報道をめぐる世の中の空気感

最近マッチの不倫報道が、表に出ましたが、、、。

 

今回マッチの場合はあまり表のワイドショーで取り上げられてはいませんが、どうなんでしょうね。

 

不倫報道

 

不倫した芸能人が、「世間をお騒がせして申し訳ありませんでした」と謝るやつ、前から気になっていたのですが、何を誰に謝っているんでしょうか?

 

不倫報道ですが、なんかいろんな論点がありますね。

 

ちょっと前まではめちゃくちゃたくさん聞いた気がしますが、最近はちょこちょこ耳にするくらいでしょうか。

 

「不倫報道なんて誰のためにしてるんだ」「そろそろやめたらいいんじゃないか!!」という批判はありつつも、僕は報道自体はアリだと思っています。

 

なぜなら、なんだかんだで、不倫報道って、観ちゃうんですよね。

 

実際、ワイドショーで事情をちゃんと把握しても、何もいいこともないし、何も身になるものは得られないんですが、なんも考えずに見れてしまうんですよね。Yahoo!ニューストップに挙がっていても見てしまいます。

 

 

すみません、冒頭の話に戻ります。

 

芸能人が、「お騒がせして申し訳ありませんでした」は、誰に向けて謝っているんでしょうね。

 

ずーっと気になっていました。


芸能人は、カメラに向かって、視聴者に向かって謝っているんだと思いますが、別に、僕は怒っていないよ、と。

 

例えば、企業の産地偽装問題が発覚して、などで社会に謝るのはわかります。嘘ついていてごめんなさい、みたいな。

 

ですけど、芸能人が社会に対して謝ることになんの意味があるんでしょうか。嘘ついたわけではないですし。

 

もちろん、スポンサー企業やテレビ局などには迷惑をかけてしまっている部分が大きいと思うので、そちらに対する謝罪はしてもらったうえで、社会に対して何が悪いか?という点で言うと、何に謝っているんでしょうか。

 

「お騒がせして」ということが謝罪のメインだとすれば、私たちはやむを得ずお騒がせされているのか?という話になりますが、僕個人的には、お騒がせされて迷惑やわ~~というよりは、むしろ、話のタネをもらっている、というような印象があります。

 

(他人の不幸、メシウマ~~とまではいかないですが)

 

「お騒がせして」は、むしろちょっと心をざわつかせてごめんなさいね、みたいなニュアンスなんでしょうね。

 

純粋に騒いだ!というよりも、不快な気持ちにさせてごめんなさいね、というか。イメージを裏切ってしまい、すみません、ということでしょうか。

 

とここでこんな記事を出してみます。

東出不倫報道、三浦瑠麗氏「民法の見直しを」にツッコミ殺到 – アゴラ

 

芸能人の不倫が、そこまで不快に思う人ってどこまでいるんでしょうか。

 

ちょっと今の世の中が異常すぎるような気もして、極論、夫婦内の問題のような気がするんですよね。騒ぐのはいいですが、叩くまではいかなくていいのかなと。

 

多分、三浦瑠璃氏は、芸能人が不倫で叩かれたところで全く世の中が変わっていない(いつの時代も不倫している芸能人がいる)現実を捉えたうえで、リアリズム的に話しているのだと思います。

 

僕はここまでは同意しませんが、僕は今の不倫報道の在り方はちょっと過剰すぎるのかな、という気がしています。

 

不倫を許容すべき、というわけでは全くなく、不倫→ゲス→叩く、みたいな単純な図式ではなく、多様に意見が飛び交うような、そんなテーマになってもいいのかなという気がしました。