三男日記

愛知県蒲郡市出身、今東京におります三男です。日常や社会について思ったことを書いていこうと思います。基本、空論・評論です。自分の勉強も兼ねてやってます。

九州の中心はなぜ熊本から福岡に変わったのか。

仕事で、熊本に出張してきました。

 


大阪から熊本まで新幹線で行けちゃうので、便利ですね。

 


(以前新幹線はもういらないというブログを書いた気がしますが、新幹線には新幹線の良さももちろんあります。)

「新幹線は幻想だ」

https://gm-fk20.hatenablog.com/entry/2018/12/01/015805

 


さて、熊本について、調べれば調べるほど気になることが出てきました。


九州財務局など、国の機関のいくつかが、熊本に拠点を置いているのです。

 

九州の中心は福岡のはず…


どういうことなのでしょうか。


実は、

明治時代の初めまで、熊本は九州の中でも中心的な都市を担っていたようです。


全国で4つしか置かれなかった鎮台(軍の司令部)も、仙台、東京、大阪に次いで、熊本におかれていました。


旧制高校も、熊本に置かれていました。

 


しかし、今や九州の中心は圧倒的に福岡です。

 


何があったのか。


調べていく過程で決定的な要因は見つからなかったものの、幾つかヒントを得られました。


3つあります。


1つ目は、工業化です。

福岡には、筑豊炭田の石炭を背景に、官営八幡製鉄所がつくられ、日本の工業化の先端を走っていました。


同じ県内でも、北九州は、「北九州工業地帯」の言葉にも現れている通り、規模の大きな工業集積地だったことがわかります。


つまり、

福岡は海と資源に恵まれ、都市一帯で人を雇えるほど仕事があったために、

熊本を置いて九州の中心を担えることができた。

 

 

2つ目は、合併です。


これはネット上のとある意見の焼き直しですが、廃藩置県後、肥後国一国から構成された熊本県に対して、福岡県は筑前筑後、豊後の一部など、複数の国から構成されていました。

 

県の中心地である福岡市と熊本市に集まる人、お金の規模が異なっていたということになります。


県庁所在地経済という言葉を聞いたことがありますが、なにかの中心であることによって生まれる経済効果は都市の規模を決める上で大きいのではないでしょうか。


そういう、県としての経済力の規模から、都市としての経済力が決まってくるという視点が2つ目。


そして3つ目が、大学です。


帝国大学令により、全国各地に帝国大学が設置されましたが、

九州のどこに九州帝国大学を設置するかは非常に揉めたそうです。 

 

招致レースに手をあげたのは、福岡、長崎、熊本。

招致運動が激しすぎて、一時期工学校は福岡、医学校は長崎、法学校は熊本に、と分けて設置する案も出るくらいだったとか。


激しい招致の末、福岡に決まりました。


その理由は、官民一体となって魅力を作り出し、誘致したことにあるそうです。福岡の財界人が、長期的にみて大学が街にあることの重要性を見越し、土地やお金を寄付したことが大きかったようです。


その結果、福岡には優秀な人材が集まり、様々な企業も福岡を中心に据えるなど、九州の中心地として成長していきました。


3つ目は、大学の設置により若い人材が集まってきたこと、と言えそうです。

 


以上の3つ、

仕事があり人が集まってきたこと

県の中心地としての規模が大きかったこと

帝国大学が設置され若い人材が集まってきたこと

が、

熊本を抑えて福岡が九州の中心都市のポジションを勝ち得た要因と言えそうです。

 

 

 

さて、このティップスから学べることは、都市の戦い方です。

 


かつてはアジアの中心だった東京の地位は、北京・上海・シンガポール・香港にとって変わられています。


ちなみに金融街を抱えヨーロッパの金融の中心であるロンドンでさえ、ブレグジットの余波で存在感を失うのではないかと言われています。

 


さて、これから日本の都市が世界の都市と戦っていく上で、東京がかつての熊本のようになってはいけません。


(熊本に失礼な言い方かもしれませんが、歴史の教訓として言っていますので、熊本出身の方はご容赦いただければと思います)

 


世界で戦っていくという視点で熊本の事例と対応させてみると、

①仕事があること

まず日本の経済力を上げていかないといけない。デフレ、デフレと叫んでいる余裕はないです。

 


日銀の金融政策をやっている一方で消費税を上げてしまい、なかなか消費が伸びない現状があります。

働き方改革から賃金改革を進め、加計問題を引き起こした規制改革も含めた抜本的な構造改革が必要だと思います。

 


アメリカ、中国が最先端技術やインターネットプラットフォームを持ち、次のトップをめぐり争っている中、日本が立ち止まってる時間はないと思います。

 


②中心地としての規模が大きかったこと

都市の規模をもっと広く見て、総合的に戦っていくべきです。


東京は、東京都ではなく、神奈川、埼玉、千葉など周辺県を含めた首都圏の「東京」として戦っていくこと。

 


茨城空港を東京北空港に、というニュースがありましたが、

https://www.asahi.com/sp/articles/ASN2K5W1RN1KUJHB001.html

東京という都市のマネジメントをもっと広域で「グレーター東京」としてやっていくべきです。

 


例えば、交通や商業です。

交通面で言えば、鉄道もそうですが、空港です。成田、羽田に加えて茨城も一体として運用したり、ニューヨークやロンドンでは1つの都市に何個も空港がありますし、もっとやりようはある気がします。


他にも、観光振興は各県の狭い範囲でやるのではなくDMOのもっと広い視点でやるとか、

住宅開発、都市開発も、グレーター東京でやっていくべきです。

 


③人材がいること

大学ですよね。日本の学生が減ってきているなら、日本の大学にもっと海外の留学生を招聘すべきです。

 


日本語という障壁が大きいのなら、取っ払えばいい。もっとグローバルにひらけた大学にすべきです。

 


でないと、海外企業はおろか日本企業でさえも採用のフォーカスが日本に当たらなくなり、海外に拠点を移してしまいます。

 


わずかな日本人のために日本オフィスを維持するコストと、海外で優秀な人材をスカウトしてビジネスをドライブさせるプロフィットなら、後者が選ばれるのは時間の問題です。

 


文科省のつまらない入試改革や、つまらない大学指導なんかに時間を取られている暇はなく、トップの大学をもっと高める努力をすべきです。

 


これは研究費の充実も含まれるかもしれませんが、学生が学ぶ環境、教授が教える環境をもっとグローバルにしていくことが重要だと思います。

 


以上、

熊本という街がなぜ九州の中心都市の地位を失ったのか、という視点から、

日本の都市が世界に戦っていくための方策をから考えてみました。